自分たちでマニュアル化
知らないところで作られて、ただこう動けと決められたものに対して、それを自分たちの道具と思えるでしょうか。
使う人の魂が、たとえいくばくかでもそこに注がれたときに、その道具が、その通り動けるために生きてくるのです。
マニュアルが生きるか死ぬかの鍵は、仕事をマニュアル化していく、そのプロセスにあります。
校則に違反した髪形の生徒の写真を卒業アルバムから外すなど、校則をめぐるトラブルの続出に対応して、文部省は校則づくりへの生徒の参加を推進するようですが、大いに評価したいのです。
規則やマニュアルをその実行者たちが作ったらどうなるでしょうか。
一変して、実行者にとって「守りたいもの」になっていきます。
なぜでしょうか。
自分たちで自主的に作ったからである、というのが教育関係者の発想です。
しかし私は、校則程度のものならそれでよいかもしれませんが、仕事のマニュアルの場合は、真に「守りたい」ものになるためには、この程度では不十分であると思います。